2008年06月30日

携帯電話は肉体の一部?

1ffab02e.JPG 昨日、携帯電話を一時、紛失しました。
 夜7時ごろに気がついて、家中と車の中をくまなく探してもない。
自分が最後に携帯を使ったのは何時ごろだったろう?どこだったろう?
と記憶をたどる。

昨日はマラソン大会で、ナイロン製の短パンを履いていて
携帯電話はその左ポケットに入れていました。
比較的、底の深いポケットだけどナイロンなのでサラサラしている。
ポケットの中身が滑り落ちやすい。

マラソンを走った後、仲間とビアホールで乾杯。
そのお店までは確かに僕の手元にあった。
そうだ、きっとたぶんあのビアホールに忘れたのだろう。
電話をしてみる。「携帯電話の忘れ物をしていませんでしたか?」と。

お店の人は「ありませんでした」という。
あらら、まずい・・・。じゃあどこだ?一緒にいた人、僕を車に乗せて
くれた人に連絡をしたいけれど、電話番号がわからない。
メールのアドレスもわからない。困った。
自分がどれ程、携帯電話に依存しているのかが分かりました。
携帯電話がなければ、「誰と連絡をするのも“かなり”難しい」という
事を痛感しました。
携帯電話に依存している自分。情けなくもありました。

たとえばAさんに電話をしたい。Aさんの自宅も携帯電話番号も
わからないので、Aさんを知るBさんに連絡を取ることにした。
だけど、Bさんの連絡先も分からない。
事務所に行ってパソコンを起動させればメールで連絡もできる
けれど、それも考えてみればおかしい話です。
「携帯電話を紛失したのですけれど・・・」とメールでかったるく
やり取りするよりも、直に電話で一刻も早く連絡を取りたい!
でも電話番号が分からない。
知人・友人の携帯電話番号を誰一人として僕は記憶していない。全く。


結局、NTT104で一人の知人の自宅の電話番号を聞きだし、昨日一緒
だった友人らに連絡してもらい、どうにかこうにか僕の携帯電話を見つけ
出すことができましたが、その間、1時間半ぐらい、僕は「ああ、
携帯電話をなくすというのは大変なこと。携帯電話のヘビーユーザー
では全然ないけれど、それでも携帯電話がないとこりゃあ、陸の孤島
なんだ」と言う事を再確認しました。
加えて今後、スポーツをするときなどは失くさないように首からぶら下げる
ストラップに携帯をしよう。そして携帯電話に入っている電話帳を
プリントアウトして、自宅と事務所に置いておこうと思いました。

携帯電話やなにかにどっぷりと“依存”するのは嫌だけど、でももう
携帯電話なしでは、仕事も私生活ももうほとんど機能しないでしょう。
テレビが壊れるよりも、車が使えなくなるよりも、携帯電話がない
方が痛い。
携帯電話は目や耳と同様、自分の肉体の一部といっても過言ではないな
と思い知らせれた日曜の夕暮れ時でした。
今週はこの辺で。ではでは。



ブログには僕の事務所の机を上を写した写真を載せておきます。
特に深い意味はありません。
横幅180センチの大きな机。机は大きいほうが絶対にいい!
写真のラジカセでチミチミとカセットテープのMP3化をやって
います。(今も!)
考えてみれば机の上も、その人の人柄が現れているようで、そう
思うとなんだか恥ずかしくもあります!


dwwada at 09:47 │Comments(0)TrackBack(0)この記事をクリップ! ひとり言 

トラックバックURL

この記事にコメントする

名前:
URL:
  情報を記憶: 評価: 顔